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【日本史】学校ですら教えてくれない「豊臣秀長のその後…死後四年で消えた百万石の家と、家臣たちの末路」

教科書のその先1,110回視聴投稿日: 2026/11/04
天正十九年(1591年)一月、豊臣秀吉の弟・秀長が大和郡山城で世を去りました。翌日、奈良の僧は城に残された金銀を日記に書きとめ、こう突き放します。「一分一銭、主の用には立たず」。 教科書の物語はここで終わります。けれども六十五日後に千利休が腹を切り、四年あまりのちには跡を継いだ秀保が十津川で急死して、百万石と呼ばれた家は消えました。残された妻や娘、そして家臣たちは、どう生きたのか。 📌 今回の動画のポイント: ・死の翌日の『多聞院日記』と、死の床であげられた祝言 ・夫の葬儀の導師を磔から救った妻・慈雲院と、利休切腹までの六十五日 ・「秀長がいれば秀吉は止まったのか」— 記録からわかること、わからないこと ・十七歳の跡継ぎ・秀保の死と、葬儀さえ頭を下げて頼んだ母・とも ・東西に分かれた家臣たち — 羽田正親、横浜一庵、宇多頼忠、増田長盛、小堀遠州 ・高野山で髪を下ろした藤堂高虎が三十二万石へ、それでも続けた秀長の法要 ・秀長の姉・ともの血はどこへつながったのか ・百八十六年後、町の人々が建て直した大納言塚 前回の動画(豊臣秀次一族のその後)に寄せられたコメントから生まれた回です。 動画が参考になった・歴史の理解が深まったという方は、ぜひ高評価・チャンネル登録をお願いします。 大和郡山・十津川・津・宇和島など、秀長や秀保、藤堂高虎にまつわる伝承があなたの地元に残っていれば、コメント欄で教えてください。 ⏱ 目次 00:00 オープニング 死の翌日の日記 02:01 第1章 豊臣秀長 死の床の祝言 05:30 第2章 慈雲院と千利休 六十五日 08:51 第3章 豊臣秀保 十七歳の跡継ぎ 12:11 第4章 家臣たち 百万石の男たちの末路 14:55 第5章 藤堂高虎 高野山から三十二万石へ 17:30 第6章 妻と娘たち 豊臣の滅亡を見た人 19:24 第7章 とも 血はどこへつながったのか 21:21 まとめ:残ったものと、残らなかったもの ※ 年齢は数え年です。秀長の生年・享年には諸説があります(五十二、五十一)。「百万石」は通称で、検地の帳面では七十三万石あまりとされます。 ※ 利休の切腹は秀長の死の六十五日後です(この年は閏正月があります)。 ※ 金銀の数字や葬儀の様子、家臣たちの最期の多くは一つの記録に基づき「〜と記録されている」として紹介しています。秀保の死因の異説は後世の書物の話です。 ※ 大河ドラマの設定とは異なる点があります。ともから今の皇室へのつながりは系図をたどったものです。お気づきの点があればコメントでお知らせください。 【画像出典】 パブリックドメインの肖像・古写真・錦絵: Wikimedia Commons(31点) 以下はクリエイティブ・コモンズの画像(出典はすべて Wikimedia Commons、ファイル名で検索できます): ・豊臣秀長画像(秀吉清正記念館)(KKPCW / CC BY-SA 4.0) ・大納言塚DSC09889(Yamato Koriyama City Office / CC BY-SA 4.0) ・春岳院DSC00330(Yamato Koriyama City Office / CC BY-SA 4.0) ・Daiko-in, Daitoku-ji(運動会プロテインパワー / CC BY-SA 4.0) ・郡山城追手東櫓としだれ桜P3280201(Yamato Koriyama City Office / CC BY-SA 4.0) ・羽柴秀保陣跡その1 - panoramio(sk01 / CC BY-SA 3.0) ・Yahatahachimanjo08(投稿者が撮影 / CC BY 3.0) ・藤堂高虎像/津城 - panoramio(shikabane taro / CC BY 3.0) ・140405 Tsu Castle Tsu MIe pref Japan01s(663highland / CC BY 2.5) ・Daitokuji Koho-an140524NI2(Atelier Verde / CC BY-SA 3.0) ・Wakayama Castle - Apr 4, 2017 (2)(mk_is_here / CC BY 2.0) ・OKU - Graves in Okunoin Cemetery, Koyasa(Josep M. Gracia / CC BY-SA 4.0) 実写映像: Pexels(23本、Pexels License) 地図: dataofjapan/land(GeoJSON)をもとに作成 フォント: Noto Serif JP / Noto Sans JP(SIL Open Font License) #日本史 #豊臣秀長 #豊臣兄弟

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