大正3年、宝塚歌劇団のはじまり。16人の少女たちの初舞台。
宝塚の最初の舞台は、失敗して水を抜かれたプールの脱衣場でした。大正3年4月1日、客席は水槽の底に張った板の床。温泉の余興として集められた16人の少女のひとり、12歳の「彼女」の目で、募集から初日までの1年と、16人のその後をたどります。
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チャプター
0:00 プールの脱衣場で、出番を待つ12歳
0:50 失敗した室内プール「パラダイス」
2:37 集められた16人の少女
7:23 「膝から上は、どんなことがあっても出さない」
12:08 大正3年4月1日、初日の幕が上がる
14:14 16人のその後
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参考文献
小林一三「宝塚生い立ちの記」(青空文庫。底本:阪急電鉄『宝塚漫筆』1980年)
https://www.aozora.gr.jp/cards/001256...
── パラダイスの開業と失敗の理由、水槽に床を張り脱衣場を舞台にしたこと、三越の少年音楽隊を手本にした宝塚唱歌隊、養成会の決まり(東京音楽学校の規則・修業年限3年)、「膝から上はどんなことがあっても出さない」、はさみとのりの脚本、12日間の舞台稽古と4月1日の初公演、年4回公演、卒業生約2,000人のうち芸能人37人、「ほとんど家庭の人となっている」「理想的奥さん」の言葉
阪急文化財団「小林一三 ネットワーク100 ── 演劇」
https://www.hankyu-bunka.or.jp/ichizo...
── 一期生・高峰妙子の回想(『歌劇』1973年1月号)。修身の時間の小林の言葉
宝塚歌劇 公式サイト「宝塚歌劇の歩み(1914年-1922年)」
https://kageki.hankyu.co.jp/fun/histo...
── 宝塚唱歌隊の結成と養成会への改称、初公演の日付と演目(ドンブラコ・浮れ達磨・胡蝶の舞)、観覧料が無料だったこと
nippon.com「タカラヅカを創った男・小林一三」
https://www.nippon.com/ja/views/b03903/
── 初公演が連日満員だったことの確認
ウィキペディア「宝塚歌劇団1期生」「由良道子」「雲井浪子」「高峰妙子」
── 一期生の年齢(11〜14歳)、大正7年に現役のまま亡くなった一期生(没年齢は満16歳と18歳の異説あり)、平成15年に102歳で亡くなった最後の一期生
早稲田ウィークリー(坪内士行と雲井浪子の結婚)
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